共同通信社より書評が発表されました。

トップページのトピックにも書かせていただきましたが、
「南木曾の木地屋の物語」の書評が発表されました。
新聞各紙が、それぞれのタイミングで掲載しているようです。

今朝、著者の松本直子さんから「北國新聞」に掲載された文が送られてきました。

素敵な文章にまとめてくださっているフリーライターの藤田知恵子さんに、心から感謝いたします。
ありがとうございました。

以下、トピックからの続きになります。



 前著に「崖っぷちの木地屋 村地忠太郎のしごと」を持つ著者は、自らも木工を学ぶために東京から木曽谷へと移り済んだ経験を持つ。縁もゆかりもない土地で暮らす自分を「旅の人」(よそもの、の意)と自覚しつつ、しかし、好奇心の赴くままに動きまわる。そんな軽やかさが呼び込んだのが、師・村地の求めに応じたことで繋がったもう一人の木地屋、小椋榮一との出会いだった。
 木を伐採する際にも「木を伐(き)る」という言葉は使わずに「木を寝かす」という。木を伐倒した直後には、その根元にササを立てて手を合わせる。半世紀以上を木とともに生きてきた小椋の信条は「先ず木に申し訳ないような物を造るな」。
 木の声を聞き、木と語り合う仕事を続けてきた小椋の「みやましさ」。この木曽言葉が表す木地屋の美質の中身は本書を読んでいただくとして。小椋との縁(えにし)を糸口に、遠い昔より近江国(滋賀県)から、より良き木材を求めて諸国の深山幽谷を歩き続けた木地屋たちへと著者の想像の翼は飛ぶ。
 列島を北へ南へと歩き続けた木地屋たちが、木曽の山間に定住するまで。その足跡のみならず、そこに宿る豊かな精神性までを深く知ろうとする著者の足取りは逞しい。
 生身の人間同士としてかかわりを持った木地屋への深い畏敬の念と愛情を持つがゆえの探究心は深く、時に切実な程だ。自分の足で歩き目と耳で確かめたからこそ、折口信夫、柳田国男といった大御所たちがのこした記録文書にも臆することなく持論を広げて見せる勇敢さ。今の世から、過去の世に問うてみる、その心意気が痛快だ。
                     評者  藤田知恵子・フリーライター

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